1. 外交・通商

ボルトン回顧録からの示唆

概要

  • ボルトン前米大統領補佐官による回顧録が6月23日、発売された。
  • ウクライナ疑惑、北朝鮮やイランの非核化問題などのトピックにおいて、米国が各国と繰り広げた外交について記されている。
  • 様々な国や要人が登場するが、共通して描かれているのは、トランプ大統領が国益よりも自分の利益を優先して意思決定をしている姿だ。

解説

ボルトン氏の略歴

  • まずはボルトン氏の略歴を振り返る。
  • 米国東部メリーランド州で消防士の父親の家庭に生まれ、その後奨学金を貰いながら名門イェール大学、イェール大学法科大学院と進んだ。
  • 父は共和党の支持者であり、ボルトン自身も、学生時代から政治運動に参加した。
  • その後、 ワシントンの法律事務所での勤務を経て、保守派のジェシー・ヘルムズ上院議員の補佐官、レーガン政権下で司法次官補代理、父ブッシュ政権で国務次官、子ブッシュ政権で国連大使などを勤めた。
  • そして2018年4月から2019年10月までの期間をトランプ政権での大統領補佐官として勤め、現在に至る。
CPACで講演を行うボルトン氏/出所:Gage Skidmore

ボルトン氏の人物像

  • ボルトン氏は米国の国益を第一と考える保守派の代表格とみなされている。
  • イラク、北朝鮮、イランなどを始めとする国々への武力行使も辞さない強硬な姿勢が特徴だ。子ブッシュ政権下では、イラク戦争を推進した。
  • そのため、「死神」「悪魔の化身」などの異名をつけられている。
  • 自ら米国の国連大使となった経験を持つボルトンだが、「国連ビルの10階がなくなっても困らない」と国連軽視の発言をしたことからも、アメリカ・ファーストの考えがうかがえる。
  • オバマ大統領が広島を訪問した際、ニューヨークポストに「オバマの恥ずべき謝罪の旅が広島に到着」とのタイトルで寄稿し、日本への原爆投下は「トルーマン大統領の勇断」と評価した。

トランプ大統領と
袂を分かったボルトン氏

  • そんな「タカ派」のボルトン氏は、2018年4月、トランプ大統領に求められ安全保障担当の大統領補佐官に就任した。
  • 他国に圧力をかけ、米国の国益を実現するという点において、二人は似ているように思われた。
  • しかし、圧力をあくまで交渉材料として使うトランプ大統領と、実際の武力行使も辞さない強硬姿勢を貫くボルトン氏は、根本的に外交に対するスタンスに違いがあった。
  • そうした矛盾が限界点を超え、ボルトン氏の辞任という形で両者が袂を分かったのは2019年10月だった。

トランプ大統領の
利己的な姿が描かれた

  • 「メモ魔」とも呼ばれたボルトン氏は、在任中に書き連ねたメモを元に翌年6月23日に回顧録を出版した。
  • 回顧録では600ページ近くにわたり詳細な記録が続くが、通底しているのは、米国ではなく自らの再選のために行動するトランプ大統領の姿だ。

ウクライナ疑惑
を裏付け

  • トランプ政権を揺るがすスキャンダルの1つだったウクライナ疑惑が事実だったとの認識を、ボルトン氏は書籍に記した。
  • クリントン氏とバイデン氏に関する調査結果が公表されるまでは、ウクライナに対して(軍事支援の凍結解除などを)何も提供しないというトランプ大統領の発言が紹介されている。

“I took Trump’s temperature on the Ukraine security assistance, and he said he wasn’t in favor of sending them anything until all the Russia-investigation materials related to Clinton and Biden had been turned over.”

John Bolton, The Room Where It Happened

トルコの制裁逃れに
関する捜査に介入した疑い

  • トルコ国営銀行のハルクバンクは、イランへの制裁逃れの関与があるとして、以前からニューヨーク南部地区の連邦地検が捜査していた。
  • しかし本書によれば、2019年のG20大阪サミットでエルドアン大統領と会談したトランプ大統領は、その場である「メモ」を渡された。
  • それを受けトランプ大統領は、国営銀行は無実だという認識を示し、エルドアン大統領に対し自ら対処に当たる(would take care of things)と伝えたという。
  • そして、現在の南部地区の連邦地検は自分ではなく、オバマ前大統領に近いため、彼らに代わって自分の味方が検事になった時、問題は解決するだろうと説明したという。

“Look, those prosecutors in New York are Obama people. Wait till I get my people in and then we’ll take care of this”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • その後トランプ大統領がどのように対処したかまでは本書で明らかにされていないが、トランプ大統領が司法への不当な介入を行った可能性が予想される出来事だ。
G20で会談するトランプ大統領とエルドアン大統領/出所:The White House

習主席に自身の再選の
支援を懇願

  • 本書の中で特に衝撃的だったのは、貿易摩擦で散々火花を散らしてきた中国の習主席に対し、自身の再選に関する支援を懇願したことではないだろうか。

“Trump then, stunningly, turned the conversation to the coming US presidential election, alluding to China’s economic capability and pleading with Xi to ensure he’d win,”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • トランプ大統領は、農家からの支持の重要性を強調し、米国産の大豆や小麦の購入を増やすよう求めたと書かれている。
  • それと引き換えにトランプ大統領が交渉に持ち出したのはファーウェイや人権問題だった。
  • トランプ大統領は、習主席から新疆ウイグル自治区でウイグル族を拘束する施設の建設の必要性を説明された際、それに賛同したと記されている。

“According to our interpreter, Trump said that Xi should go ahead with building the camps, which he thought was exactly the right thing to do”

John Bolton, The Room Where It Happened
G20で会談を行うトランプ大統領と習主席/出所:The White House

日本は北朝鮮と
イラン問題で登場

  • ボルトン氏の回顧録には、日本も頻繁に登場する。
  • 登場する主な首脳の登場回数は”Putin”が250件、”Moon”が184件、 “Abe”が158件、”Macron”が143件、 “Xi”が107件、だった(出所部分なども含む)。
  • 安倍首相はボリス・ジョンソン英首相と並んで首脳の中で最もトランプ大統領と仲が良く、ゴルフ仲間でもあったと記されている。

“Trump’s best personal relationship among world leaders was with Abe (golf buddies as well as colleagues), although when Boris Johnson became U.K. Prime Minister, it became a tie”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • そんな安倍首相や日本が主に登場するのは、北朝鮮とイランの非核化の問題だ。

北朝鮮問題では
日韓の違いが明らかに

  • ボルトン氏は北朝鮮の非核化問題においては、鍵を握る米国の同盟国である日韓が歴史問題などで対立していたことへの葛藤をにじませている。
  • そして、舞台裏では日韓の違いが際立つ。
  • 回顧録によれば、韓国は米朝首脳会談を、韓国も交えた3者会談にしたいとの希望を再三伝えてきていた。また、ボルトン氏から見れば、韓国にとって米朝首脳会談が、韓国が望む南北統一のためのものだったという認識を示している。
  • そのため、文大統領は米国に対し「金委員長に1年以内に非核化することを要請し、金委員長が同意した」など、非核化に関する楽観的な見解を伝えていた。
  • これとは反対に、安倍首相はトランプ大統領に「金正恩委員長を信じてはいけない」と伝えていた。そして、トランプ大統領も最終的にはこちらに同意したという。
  • なお、日本政府は北朝鮮が非核化する際には、1965年の日韓請求権協定に類似した形で「相当額の小切手を切る準備ができていた」とボルトン氏が見ていることは注目に値する。

“Japan was ready to write a substantial check, in my view, but only on the assumption that North Korea would sign an analog to the 1965 South Korea – Japan treaty, resolving all outstanding or potential claims”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • また、北朝鮮問題については安倍首相がかなり頻繁にトランプ大統領と打合せを行っていたことも記されている。

“The Japanese had the same sense that Trump needed continual reminders, which explained why Abe conferred so frequently with Trump on North Korea throughout the Administration”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • それはトランプ大統領が「定期的にリマインドしなければいけなかったから」だという。
シンガポールで米朝首脳会談を行うトランプ大統領と金総書記/出所:https://twitter.com/photowhitehouse/status/1006601044539920385

日韓双方に駐留経費の
負担増加を要請

  • 東アジアにおける米国の同盟国、日韓に対して、駐留経費の増額を要請していたことも回顧録には記されている。
  • 日本には、現在の年間25億ドルから約4倍となる年間80億ドルの支払いを要請し、

“Trump wanted $8 billion annually, starting in an year, compared to the roughly $2.5 billion Japan now paid”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • 韓国に対しては、現在の約5倍となる年間50億ドルの支払いを要請した。

“In South Korea’s case, under our Special Measures Agreement, that amount was $5 billion annually, an enormous increase over the less than $1 billion per year Seoul was paying”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • そして、トランプ大統領はその支払いを米軍を撤退させるという脅しによって実現しようとしていた。

“and he said, as he did more and more frequently, that the way to get the $8 and $5 billion annual payments, respectively, was to threaten to withdraw all U.S. forces”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • 北朝鮮の非核化が「失敗」し、北朝鮮が延命できたのとは対照的に、疲弊していく同盟国の姿が印象的だ。

韓国に対する「統合失調症」
という表現、日本にも?

  • ボルトン回顧録に対しては、韓国では早速政府高官が抗議を行っている。
  • 回顧録でのやりとりが、政府が国民に向けて発表している内容と異なるため、「事実を歪曲」しているとの抗議だ。
  • 韓国メディアが注目したボルトン回顧録の表現に、文大統領の考えを “Schizophrenic”(統合失調症のような)と形容したことがある。
  • 実際には「一貫しない」「ダブルススタンダードである」といった意味合いだと思われるが、話題を呼んだ。
  • 日本政府は反応が抑制的なこともあり話題にならないが、実は “Schizophrenic” という表現は日本に対しても1度だけ使われている。

“Japan was schizophrenic on Iran and North Korea, soft on the former ( because of oil) and hard on the latter (because of grim reality)”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • ボルトン氏はイランにも北朝鮮にも同じように厳しい非核化を迫りたいと考えていた。
  • 一方で、日本はイランに対しては北朝鮮ほど厳しい姿勢を示さなかった。その姿勢が「一貫していない」と批判しているのだ。
  • もっとも、日本がイランに寛容だった理由は、単にボルトン氏が指摘するような石油の必要性や、日本への危険の切迫度の低さだけではなかったと思われる。
  • それは、イラン核合意から一方的に抜けた米国に一定の責任があるとの考えが、少なくとも日本の一部にはあったためだろう。

安倍首相のイラン訪問についても
舞台裏が描かれる

  • 2019年6月、安倍首相は そのイランに、 トランプ大統領の要請に基づき、 非核化に関する提案を携えて交渉に行った。
ハメネイ師と会談を行う安倍首相/出所:外務省
  • しかし、大方の予想通り、安倍首相の提案はハメネイ氏に悉く否定されてしまう格好となった。
  • では、それを依頼した米国側はどう見ていたのか。
  • ボルトン氏は、自分の目から見ても安倍首相は初めから失敗する任務をトランプ大統領によって背負わされたことは明らかだったと記している。

“It was clear to me that Trump was pushing Abe into a public role that could only end in failure”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • そして会談の直後、安倍総理から報告を受けたトランプ大統領。
  • 「協力には本当に感謝するが」と前置きしたうえで、イラン問題よりも、米国の農産物を買ってくれる方が重要だと要請したという。

“He turned to what was really on his mind, saying he really appreciated the effort, but that it was really much more important to him personally that Japan buy more U.S. farm products”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • そしてトランプ大統領は、「ちょっと楽しみたかっただけだ」と言った。

“saying he just wanted to have a little fun”

John Bolton, The Room Where It Happened
  • 本書によって、日本の首相に公務を頼んだ米国大統領が、その報告を受けてどのような態度を取っていたかも明らかになった。

内情を知った人物からの
希少な暴露

  • ボルトン氏の回顧録は、「機密保持義務に違反し、機密を公開したことで、国家安保を危険にさらした可能性がある」との理由で回顧録の収益の没収や刑事処罰を受ける可能性がありうる。
  • また、記載されている内容が全て事実かどうかの確証はない。
  • しかし、ボルトン氏ほどの高位で、外交の現場にいた人間による600ページもの回顧録は、外交の舞台裏をうかがい知るための、貴重な資料の一つと言えるのではないだろうか。

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