概要
- 新型肺炎を受け、各国は中国人や、中国で滞在歴がある人の入国を広く制限し始めた。
- 国の規制に加え、消費者側でも感染を恐れ移動を自粛する人が増加。
- エアラインは運休や減便を余儀なくされている。
解説
WHOが緊急事態を宣言
- 1月30日、新型肺炎への抑制的な対応と中国擁護で注目を浴びてきたテドロス事務局長が、ついに非常事態を宣言した。
- ただし、「不必要に人やモノの移動を制限する理由はない」と改めて発言し、渡航制限勧告も行わなかった。
- あとは各国がリスクと費用便益分析を行った上でそれぞれ人やモノの移動を制限する措置をとるべきだとして判断を委ねた。

各国は中国全土からの
入国を制限
- そんな中、各国は中国全土からの移動を制限する方針を発表。
- 香港は、中国大陸からの高速鉄道やフェリーの乗り入れを1月30日から停止している。
- 米国は、過去14日以内に中国本土に滞在していた旅行者を対象に、米国への入国を制限。
- 豪州は、オーストラリアへ到着する14日以内に中国本土に滞在していた旅行者の入国を制限。
- ニュージーランド政府は、2月2日またはそれ以降に中国本土に滞在していた旅行者の入国を制限。
- シンガポールは、中華人民共和国のパスポート保持者へのビザ発行を停止。
- ロシアは、中国人の入国を2月20日から禁止した。

日本は一部地域からの
入国制限に止まる
- そんな中、地理的に中国に近く、人の往来も多い日本は、一部地域からのみ、入国を制限するにとどめている。
- 当初は武漢がある湖北省に滞在していた人の入国を制限したのみで、2月12日になって、浙江省滞在者も対象に追加した。
- 中国政府は武漢での「謎の肺炎」の発症を昨年12月8日から認識していたが、WHOに報告したのは12月31日になってからだった。その間、武漢から中国の国内外へ人は移動し、さらに、1月中下旬の春節で人の「大移動」も行われた。既にキャリアーが中国全土に広がっていると考えられる状況下にあっても、日本は謙抑的な対応を続けている。
日本のエアライン
各社は運休や減便を決定
- かように日本政府の入国制限が限定的な中で、日本のエアラインの運休や減便は大規模になっている。
- それは、新型肺炎に感染した、あるいは感染を恐れた利用者が利用をとりやめているためだ。
- 2月13日、ANAは現在中国本土で週165便ある路線を6割減らし、64便にすると発表した。
- 同様にJALも、2月7日時点で中国で98便あった便数を39便に減ることを決定。さらに、3月から近隣の台湾や韓国線も一部運休・減便することを発表している。
- LCCピーチは、中国本土との便は全て3月28日まで運休し、香港便も7割を減らすことを決定している。
日本に就航する国際線便数
の大きな割合を中国が占める
- それでは、中国と日本を結ぶ航空便が減少することは、日本の航空産業にとってどれほどの重要性を持つのだろうか。
- 下図は、日本に就航する国際線定期便数(直行便)の国別のグラフである。
- 中国と香港がそれぞれ第2位、第5位となっており、併せれば1位となる。便数ベースでは、中国方面が大きな割合を占めていることがわかる。

空港は便数や旅客数減少の
影響を受けやすい
- 中国・香港方面の便数・旅客数減少の影響を受けるビジネスの一つが、空港だ。
- 空港は、エアラインからは着陸の度に着陸料を得ているため、便数・旅客が減ればその分だけ着陸料が減る。
- また、空港を利用する旅客からは、旅客サービス施設使用料(PSFC)や旅客保安サービス料(PSSC)を航空運賃に含める形で貰っているため、理旅客数減少に伴いこれも減少する。
- 更に、 旅客減少に伴い、 今や重要な収益源となっている空港内での免税店などの小売店の売上も減少する。
- 後述するように、日本のエアラインは、近距離路線である中国・香港便については、便数・旅客数ほどには収益が減少しないと予想される。それとは異なり、日本の空港は、 中国・香港方面の便数・旅客数減少の影響を受けやすいと予想される。
- 例えば、着陸料は機体重量に応じた重量部分と騒音部分の合算により決められ、距離が遠くても近くても料金には関係ない。PSFCやPSSCも距離に関係なく価格が決まるのは同じだ。
成田空港を例にとってみると
- より具体的に影響をイメージするために、日本で国際旅客の3割以上を受け入れている成田空港の事業構造を見てみる(空港ごとに構造は異なるためあくまで一例としてご覧下さい)。
- まず、成田空港の事業別売上シェアは下図のようになっている。売上の45%を占める空港運営事業と42%を占めるリテール事業が稼ぎの二本柱だ。

- 空港運営事業については、便数や旅客の減少が、そのまま 旅客施設使用料や空港使用料といった収入の減少につながる。
- 成田空港では、下図のとおり、便数/入国者数のいずれで見ても、中国・香港のシェアは2割程度を占めている。
- 中国・香港方面で減便や運休が進むことで、この部分は収入が減少する。

- こうした空港運営事業よりも大きな影響を与える可能性があるのが、全体の収入の42%を占めるリテール事業だ。
- この事業では中国・香港・台湾からの旅客による消費が売上の57%もの比率を占めているためだ。
- 中国・香港からの旅客の購買単価は日本人やその他の国からの旅客よりも高いため、1人減少することの重みが他国からの旅行客に比べて大きい。
- そのため、中国・香港からの旅客減少がリテール事業の売上に与える影響は、他方面の旅客が減少するよりも大きいと予想される。

エアラインは便数・利用客数
減少ほどの売上減少はない
- 一方で、空港とは異なり、同じ1便、1旅客でも中国・香港方面の便は重みが小さいと見られるのが日本のエアラインである。
- 例えば、羽田-北京間(約4時間)と、羽田-ニューヨーク間(約13時間)では、同じ1便でも、チケットの価格も、設備・人員の稼働時間も大きく異なる。
- その点、現時点で新型肺炎による運休や減便の影響を受けているのは中国・香港便に加えて、それらに隣接する韓国や台湾の一部などの近距離便である。そのため、エアラインの売上は便数や旅客数が減少するほどには落ち込まないことが予想される。
ANAもJALも収入
では一定の影響
- 下図は日本と中国/香港を結ぶ直行便の定期便をエアライン別に表したものである。日本のエアラインで便数が多いのはANAとJALであるため、以下それぞれの影響を見ていく。

- まずはANAとJALの売上の構造を概観する。
- 最も直接的に影響を受ける国際旅客セグメントに着目すると、両社ともに売り上げの約3分の1を占めていることがわかる。(厳密には訪日外国人による国内線利用や、工場の操業停止など経済活動停滞による貨物郵便事業への波及もあるがここでは見ない)

注)ANAの航空関連事業、旅行関連事業、商社事業、調整額は「その他収入・調整」に含む
- このセグメントにおいて中国・香港方面の便数や売上はどの程度のシェアを持っているのだろうか。
- まずANAでは、国際線のうち、便数では中国は29%を占める一方で、旅客収入ベースで見ると15%になる。

- JALの方が中国が占めるシェアは小さいが、傾向は似ている。便数ベースでは中国が19%を占める一方で、収入ベースでは11%に止まる。

- したがって、両社ともに、便数や旅客数の減少ほどに売上は減少しないのだが、売上ベースで中国方面が持っている1割以上のシェアは無視できない規模ではあり、一定の影響はあると思われる。
空港もエアラインも固定費の割合
が高く売上減少への耐性は低い
- なお、売上の減少に連動して費用も減少するようなビジネスは売上減少に対する耐性が高いと言えるが、空港やエアラインは残念ながら設備産業であるために固定費が大きくこれには該当しない。
- 空港は減価償却費や修繕費といった設備にかかる費用や、清掃、警備などにかかる人件費、その他業務委託費などの固定費が費用の大きな割合を占める。
- また、以前は「高い」と言われていた原油価格もかなり下がったことで、エアラインにとって最大の変動費である燃油費も、今や2割程度に収まっている。残りは販売手数料など一部を除く大半が固定費だ。
- したがって、空港やエアラインは売上の減少が収益の減少につながりやすい。

日本での新型肺炎の
流行度が今後重要に
- ここまでは、中国・香港と日本を結ぶ路線の運休、減便に伴う影響に関する話だが、新型肺炎に伴う入国制限は、現在進行形で拡大している。
- いまや、日本そのものを「高リスク国」とみなす国が増えてきており、2月20日現在、ミクロネシア連邦、ツバル、サモア、キリバス、インド洋のコモロ-など、医療体制が脆弱な島嶼国では日本からの入国制限が設けられている。タイでは、ASEAN諸国として初めて、国民に日本への渡航自粛要請が行われた。
- こうした事態が続けば、中国・香港路線だけでなく、様々な路線で運休や減便が行われ、日本の空港やエアラインへの影響は今以上に大きく、差し迫ったものになる。
- 世界はもちろんのこと、特に日本国内で新型肺炎の流行が抑えられるかが、今後の空港やエアラインの経営に大きな影響を及ぼすと思われる。
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